#プリキュア自己紹介シート
プリキュア自己紹介シート作った。
プリキュア自己紹介シート自作してみました。雛形置いておくのでご自由にお使いください。自作発言以外なら
— アキ☄️ (@Aki_utakata) 2021年2月10日
何でも可。改変も自由です。使い方サンプルとしてワタシのシートを参考までに。サンプルは背景ありますが透過ではないので悪しからず。#プリキュア自己紹介シート2021#プリキュア #precure pic.twitter.com/d94eRHBHNj
好きに使ってください、そのまま流用もよし、真似して雛形作るもよし。ただし自作発言はご勘弁。まぁ自作発言するくらいならこの程度の雛形いくらでも自分で作ればいいのでね。ワタシもそこら辺に落ちてる紹介シート参考にしながら作ったわけですし。
タグは混同を避けるために #プリキュア自己紹介シート2021 としましたがお任せします。フォローNGリストとかタメ口ありなしとか、プリキュアに関係ない要素は全て省いてるのでお友達増やしは自己責任で。
↓背景つけやすいように透過にしたものを置いておきます。Twitterに透過を挙げるのは3MB以下でPNG8で~とか規格が面倒なので()
↓こっちが透過じゃないやつ
結構楽しいですよ。是非いかがでしょうか。
おわり
今更ながら大人に伝えたい、プリキュアの魅力
前々から「いつかプリキュアシリーズ全部観たい」と思ってたので一気に視聴することに。まだ全部観終わったわけじゃないけど現時点での所感。
「プリキュアは心のビタミン」だった。
まず結論から言うと、ほのぼの日常系アニメではない。めっっちゃ濃い(もちろんシリーズによって差異はある)。日曜日に変身バンクや必殺バンクに憧れる女児の隣で流し見ているお父さんお母さんも、思わず考えされられてしまう、そう作られている。流し見するつもりで見るのは正直もったいない位心情の描写や強いメッセージ性が繊細に描かれている。
ただし、「あくまでメインターゲット層がいて、それは我々大人ではない」こと、東日本大震災以降のプリキュアはそれを考慮して制作されている、など、時代背景や社会情勢を加味して視聴する必要があることには留意したい。
個人的にオススメできるタイトル5選を紹介しておく。(ネタバレを含む)
- フレッシュプリキュア!(通称「フレプリ」/通算6作品目)
- ドキドキ!プリキュア(通称「ドキプリ」/通算10作品目)
- Go!プリンセスプリキュア(通称「Goプリ」/通算12作品目)
- 魔法使いプリキュア!(通称「まほプリ」/通算13作品目)
- HUGっと!プリキュア(通称「ハグプリ」/通算15作品目)
フレッシュプリキュア!(通称「フレプリ」/通算6作品目)
○プリキュアの分岐点とも言える意欲作
タイトル通りのフレッシュさで、この作品なしには今のプリキュアは無かっただろうと言える分岐点となった作品。プロデューサーはプリキュアの生みの親である鷲尾天氏から梅澤敦稔氏となりスタッフも一新。音楽担当も佐藤直紀氏から高梨康治氏へとバトンタッチ。従来とは打って変わって、アップテンポでかっこいい曲調のものが多く採用された。
今では定番となるEDの3DCGダンスもフレプリから始まった。振り付け担当はマエケンこと前田健氏。作中ではカオルちゃん役としてCVも務めた。作中のイメージを保ったまま可愛く、カッコよく、しかしながら子どもたちが真似して踊れるような振り付けに仕上がっている。
キャラの等身も上がり、従来よりキレイめなキャラデとなり、大人びた印象があった。また、ストーリー性が重視され、年間を通した主題が作品に設定されるのを感じるようになったのもフレプリからである。主題設定の提示によりメッセージ性の強い作品に仕上がり、後の作品でも踏襲されていく。
○史上初の敵勢力からプリキュア参入へ
フレプリの特徴と言えば、なんといっても敵キャラからプリキュアとして追加戦士が参入してくるということである。
敵勢力ラビリンスの3幹部の紅一点であるイース(東せつな)は、プリキュアと仲良くなることで接触し、変身アイテムであるリンクルンを奪おうとする。しかし新しい友達ができたと思って愛を自分にも振り撒くラブに困惑し、自分の使命とラブとの関係で葛藤が生まれる。
普段はクールで強気、敵味方に関わらず冷徹な振る舞いだが、内に秘めたる思いは熱く、総統であるメビウスに対する忠誠心も人一倍強い。失敗を犯すと冷静さを失い感情的になる一面も。大人のお友達からの人気が高く、「イース時代のせつなのほうが好きだった」、とプリキュアに転生したことを嘆く視聴者もいる。
中盤はより強力な怪物「ナキサケーベ」を生み出せるカードを総統メビウスから授かるが、代償に寿命が短くなるほどの激痛を伴う。日曜の朝から女児向けアニメでこんな顔をさせて良いのかと思うほど迫真の作画と、CV小松由佳さんによる気迫のこもった名演技の賜物であり、それが胸を打つ。
プリキュア史に残る神回とも言えるフレプリ23話、イーズ=せつなであることを知ってしまったラブがラビリンスからせつなを開放するために取った行動とは、なんとイースとのタイマンの殴り合い。これがアツい。イースの「そんなお前が…お前が――― 羨ましいと思った!!! 」というセリフは、視聴者の記憶に鮮烈に刻み込まれることだろう。
せつなに対しての想いが乗ったラブのパンチやキックに重みがあり、戦闘シーンの作画にも現れている。後世に語り継ぎたい「美しい殴り合い」である。ラブはこの男気溢れる生き様から、「ラブ兄貴」と呼ばれ、シリーズファンからイケメンヒロインとして慕われる。
今まで人間を不幸のどん底に陥れてきた自分が人として幸せを享受し、プリキュアとしてそれを守るなどと言って良いのだろうか、故郷であるラビリンスを捨てた後ろめたさもあり、転生してプリキュアとなった後もせつなの苦悩は続く。それをあたたかく受け止めるラブや美希、祈里、せつなの同居を許可したラブの母親との関係性や、苦労を乗り越え成長していく様も見どころである。
ラブと同居するようになってからせつなのどんどん表情が豊かになっていくのが可愛らしい。まるで新婚夫婦のような「ラブせつ」のカップリングも人気だ。
○敵幹部の豊かな表情
せつながラビリンスを抜けてから十数話の間、4人になったプリキュアの猛攻を2人で耐え凌ぐことになるサウラー(南瞬)とウェスター(西隼人)。この2人、特にウェスターの表情が豊かでイキイキしているのが視聴者を飽きさせない。またウェスターはせつながプリキュアとして転生した後も彼女をイースと呼び続ける。これが物語終盤に効いてくる。
西さんの愛称で親しまれるウェスター。アクティブな肉体派で出撃回数も3幹部(イース、サウラー、ウェスター)の中で1番多い。脳筋ギャグ要員で愛すべきおバカである。
FUKOゲージの貯め方が思いつかずイースとサウラーに頭を下げ、「知恵を貸してほしい」とお願いした挙げ句、結果街中を笑いの渦にし、帰投後にイヤミを言われ自らの不幸でFUKOゲージを貯めてしまう…他にも数々の武勇伝を持っている。
ドキドキ!プリキュア(通称「ドキプリ」/通算10作品目)
○斬新で挑戦的な作品
ドキプリの第一印象として強く感じたのは今までに見たことのない「斬新さ」である。まずメインヒロインである相田マナが生徒会長を務めているという時点で驚きである。
通説であればメインヒロインは運動または勉強のいずれかは苦手(あるいは両方)で、意志か行動力だけがずば抜けている(シリーズにもよる)パターンが定石であるが、マナに関しては成績優秀かつ運動も得意、活発で面倒見が良いので人望も厚く、人一倍先頭に立ってよく動く。
六花には「幸せの王子」と揶揄されるお人好しで、頭で考えるよりも手や足が先に動くタイプ故に、軽率な行動を取ったり過干渉なところがあったりするのが唯一のウィークポイントといったところだろうか。
マナの人間離れした超人っぷりは類を見ない新しい形で新鮮味を感じる。他の面々もマナを中心として動き、「一見すると」トップダウンな男児向けの特撮ヒーローのような印象があるため、メインターゲット層には分かりやすくて見やすいのもドキプリの良さである。
その他にも映画ではプリキュアではタブー視されていた流血表現(犬に噛まれた際に出た血)などが描写されている。東日本大震災後の作品ということで多少なりともその影響を受けており、表現には慎重にならなければない難しい時期ではあったと思うが、それでもメッセージ性を損なわない為に果敢に切り込んでくる作品であった。
人間離れした超人っぷりと博愛主義であるが故、大人の視聴者からのマナに対する評価は賛否両論ハッキリ割れがちで、人間臭さが薄いことからマナが苦手である視聴者もいるようだ。しかしそんな彼女が涙を見せる貴重なシーンもあったりする。 もっとも、その後「ふんっ!」と頬を引っぱたいてキッパリ泣き止み(下の図)、圧倒的劣勢であるにも関わらず「さぁ、反撃だよ!」とケロッとした顔で言ってしまうが。
やはり中学2年とは思えない強靭なメンタル。たしかに人間臭さが薄く怖い、と感じるかもしれないが、この作品は2013年、東日本大震災後のものである。ここからはワタシの推測でしかないが、マナのような多少人間離れしていてもブレない、絶対に屈しないキャラクター性は、当時ようやく落ち着いてテレビを見れるようになってきた子ども達にとって安心して見ていられるものであり、強い希望の光となったのではないだろうか。そう考えるとマナのキャラクター性に妥当性があるように思えてくる。メインターゲット層は我々大人ではなくあくまでも子どもたちであること、時代背景や社会情勢を加味して視聴する必要があることを忘れてはならないのは、このような理由からである。
○全体的にハートフルなストーリー
主題設定が「愛と自己中」なだけあって、全体的にハートフルなストーリーに仕上がっていて温かみがある。愛と自己中は表裏一体の関係性でテーマとしては非常に難しいが、子どもたちに分かりやすく伝わるよう工夫がなされているのが良い。
例えば、敵幹部のジコチュートリオは各々が自己中であるが故に互いの足を引っ張り合い、プリキュアにそのスキを突かれたり、作戦が頓挫したりするケースがしばしばある。これにより「自己中はいけないんだな」、とメインターゲット層に示唆している。
総じて、ドキプリは比較的メインターゲット層を意識した作りとなっており、その世代の子ども達にスッと馴染むように見やすく構成されている。ギャグとシリアスのバランスが良いのも見やすい要因の1つであると言えよう。
逆に「愛と自己中」という主題設定の難しさ故、大人が視聴する際は受け身で流し見しているとやや強引で早いストーリーの展開ばかりに気を取られ、ドキプリの良いところに気づけ無いまま鼻につく部分が悪目立ちしてしまうかもしれない。
ドキプリのストーリーを大人に納得させるためにはもう少し尺に余裕を持って深堀りする必要があるが、ドキプリの真髄はそこではない。ストーリーより心情の描写や感情表現の豊かさに目を向けたい。
大人が見るドキプリは、プリキュアシリーズの中でも特に、何回も見直し、考察し直しすことで面白さが深まる作品であると感じる。
互いに足を引っ張り合うジコチュートリオであるが、なんだかんだで仲が良く憎めずいい味を出している。特にイーラは一度六花に助けられていることもあり、その恩は忘れていないようだ。最終回では1万年眠って力を蓄えるという選択肢を取る。自己中が完全に消滅することは無いということを示唆しているのであろう粋な演出である。
この作品においての「愛」は「博愛」と定義されることが多い。万人に愛を振り撒く博愛主義のマナと、それをフォローする六花の関係性を六花自身は「幸せの王子とツバメ」に喩えており、その関係は揺るぎないものと信じていたが、マナの憧れでもある真琴のプリキュア参入で彼女にヤキモチを妬いてしまう。
しかし、マナとの揺るぎない愛を戦いの中で確かめ合いながら成長した物語後半では、かつて真琴に嫉妬し、マナとの絆に不安を感じている六花の姿はない。博愛主義のマナとともに戦い成長してきた六花達は「好きな気持ちはみんなで共有したほうがより幸せ」という博愛の一つの結論に到達する。
表裏一体であるが故に誰しもが持っている愛と自己中の気持ちに折り合いをつける為、恕す(ゆるす)展開が多い。そんなあたたかさがハートフルなストーリーを形作っているのではないだろうか。
44話では自分の気持ちを素直に認めようとしないレジーナに対し、マナのレジーナに対する愛を彼女に伝えることで心を揺さぶり、マナが好きだというレジーナの本音を引き出す六花。マナとの絆レベルが他とはワンランク違う六花が圧倒的正妻力を見せつける。結果マナが好きであることをカミングアウトした瞬間に駆けつけたマナ本人に聞かれてしまい、赤っ恥をかくという展開に。
40話はドキプリ屈指の神回。レジーナに気持ちを伝えるために書き下ろした歌を作中で戦闘中に歌う演出は女児向けアニメとは思えない感動的なシーン。気持ちを上手く形容できないレジーナが放つ「胸がチリチリする」「心がざわつく」といったストレートで少々稚拙な感情表現の正体が、実は「他者から自分へと向けられた愛」であることは、メインターゲット層の子どもたちがその年代で必要とするエクスペリエンスに近しいものではないだろうか。
キャラデが良く、5人全員が比較的人気がある印象。必殺バンクもド派手でかっこいい。
後期ED「ラブリンク」は秀逸な曲の多いプリキュア後期EDの中でも最強クラスに「エモい」。キュンとくるキャッチーな曲調に作品のイメージ通りのハートフルな歌詞、ライブ風の演出に虜になる。ヘビロテする狂信者も多い。
劇場版EDは通常版のラストからキュアハートがエンゲージモードになり、Cメロが続く。専用演出もまたエモい。
Go!プリンセスプリキュア(通称「Goプリ」/通算12作品目)
○「東映の本気」が見える圧倒的クオリティ
Goプリに関しては語るべき点が少ない。何故ならプリキュアシリーズトップレベルと言っても過言ではないクオリティであることを多くのシリーズファンが認めているからだ。
作画、BGM、ストーリー、主題設定とメッセージ性、心情描写や感情表現の豊かさ…どれを取っても高品質で丁寧な作り。ワタシはキャラデザが好みではなかったので最初後回しにしようかと考えていたが、今考えるとゾッとする。
Goプリの上手だったところはやはり「夢」という洗練されていてスマートな主題設定だったと言えるだろう。故に第3期プリキュア(初代~5GoGo→1期、フレ~ハピチャ→2期、Go以降→3期、とワタシは呼んでいます。第3期と称した理由はそのうち記事にします)の先駆けとなり、作風に大きな転換があったものの、全体がスマートに纏まっていて見やすく、丁寧な仕上がりにより目が行き届きやすかった。
しかし、敢えて言うならば「主題設定が小さく広がりがない」とも取ることができる。なぜわざわざそのように否定的な表現をしたかというと、他作品と比較して評価をしてしまう不毛になりがちだからだ。例えば前作、前前作のドキプリやハピチャは主題設定が「愛」に関するクソデカテーマ作品である。「愛」というテーマは非常に定義が難しく多様な捉え方をされるので、主題として設定している事自体がチャレンジ、と言える。それと今作を比較すること自体がもう不毛なのだ。「ドキプリとGoプリどっちの方が良いか」のような雑な比較はそもそも向いている向きが全く違うので比較は不毛、ということを覚えておいていただきたい。
Goプリを1番最初に見て欲しい、とは言わないが(他作品に満足できなくなると困るので)、Goプリは間違いなくプリキュアトップレベルの名作なので、プリキュアも視聴する気があるなら必ず見たほうが良い。正直ここに良さを書くのが野暮に感じるほどであり、見てもらった方が早い。
Goプリはヒロインのはるかがプリンセスを目指すサクセスストーリー形式。最初は何もできなくて周りに迷惑をかけるが、努力で次第にプリンセスに近づいていく。
Goプリは必殺バンクを3DCGにする挑戦を行っている。セルルック3DCGという、2Dと遜色ないように適宜微調整することによって、特にアップの画面で3D特有の浮いた感じが目立たず2Dのバランス感を保つ仕組みだ。これにより3Dの壮大さと滑らかな動きをしつつも、2Dセルアニメのような顔のバランスを保っている。キュアスカーレットの放つ必殺技、プリキュア・フェニックスブレイズはワタシも全プリキュアの中でも特にかっこいいと感じた。
魔法使いプリキュア!(通称「まほプリ」/通算13作品目)
○子どもから大人まで見やすい
前作がかなり大人向けだったこともあり、メインターゲット層を強く意識してあるものの、まほプリの良いところは子どもから大人まで見やすいところ。
それまでのプリキュア(特に梅澤P以降)は通年を通しての主題設定が割と明確で、主題に沿った強いメッセージ性に考えさせられるものがあるのがプリキュアの面白みであったが、まほプリはその点に関しての主張はあまり強くない。しかしそれに代わる面白さがきちんと用意されている。それは話の進み方がとてもナチュラル、という点である(その「ナチュラルさ」の演出にはカラクリについての詳細は該当ツイートとそのツリーを参照)。
個人的にはまほプリは1つの大きな転換期だったと思ってる
— アキ☄️ (@Aki_utakata) 2021年2月8日
そもそもGoプリ辺りから「プリキュア+何かモチーフ」でもプリキュアとして認識してもらえるような作りにしたい、って記事は何かで見たんだけど、まぁGoプリの主題設定は「夢」だったからメッセージ性が強く前に出たものになったけど
だから説教じみたものもなく、勧善懲悪にありがちなクサいセリフが少ない。ヒロインたちの心に忠実で、実際言いそうなセリフを言わせているため、発言にリアリティがある。その「ナチュラルさ」がまほプリの最大の魅力であり、見やすさを引き出しているのではないかと感じる。
全体を見ると少し個性的な作品である気もするが、子どもから大人までのみならず、アニメ初心者やプリキュア初心者にも「最初に観るのにおすすめのプリキュア」としてワタシはおすすめしたい。
○みらリコの掛け合いとはーちゃん
まほプリは初代、MHをリスペクトしたかのような初期メン2人+追加戦士1人の3人構成。2人という構成は当然ながらメンバーが多い作品に比べて関係性が密であり、その対称的な2人の掛け合い、関わり合いの面白さが強い。
後に追加されるはーちゃん(厳密に言うとかなり初期から参入はしているが)もかなりいいアクセントで、2人だけでは引き出せない関係性の奥行きをもたらしてくれる。3人の関係性は話数が進めば進むほど広がりを見せていき味わい深くなる。終始朗らかな気持ちで観ていられるのがまほプリである。
「みらリコ」はカップリングとしても大人気だが、そこにはーちゃんがいいアクセントとなって3人の世界を形成している。まほプリは言わば「積み重ね学習」であり、話数を重ねる毎にスルメを噛むような味わい深さが増してくるのが良いところ。
ナシマホウ界(人間界)に来たばかりの頃は文化の常識が乏しくあたふたしていたリコが、教える側に立つようなるのもほっこりするまほプリの見どころの1つ。
涙なしでは見ることのできない49話。朗らかに見ていられる日常シーンが多い故に感動的なシーンは落差が凄まじく、泣ける。
まほプリのキャラデは秀逸。クセが強くなく、大人から見ても可愛いと感じられるデザインに仕上がっている。変身すると頭身が上がり、やや大人びた口調になる。バランスの良い基本形態としてのダイヤモンドスタイルの他に、パワー重視で高火力のルビースタイル、スピード重視で空中戦を得意とするサファイアスタイル、トリッキーで多彩な技を持つトパーズスタイルと4スタイルに変身フォームがあるのも今までに無い斬新な特徴。各フォーム毎にイメージカラーと衣装のみならず、BGMや髪型も変化するが、髪色に大きな変化はない。変身者であるみらいとリコ2人が一緒に存在し、かつ能力供給役であるモフルン、触媒である金色のリンクルストーン4種のいずれかを所持していないと変身できず、初代以上に変身条件のハードルが高い。
みらい/キュアミラクル(CV高橋李依)、リコ/キュアマジカル(CV堀江由衣)、はーちゃん/キュアフェリーチェ(CV早見沙織)の、暴力的に豪華な声優3人が歌う後期EDも見どころ。プリキュアお家芸ともなったEDの3DCGダンスはもちろん、仕草や目線もリアリティが増していて可愛らしい仕上がり。ハロウィンやクリスマスなど季節に合わせてステージが変化するのも◎。歌詞の「わがままはおしゃれじゃないね」というフレーズも、ちくちく言葉を使わずに子どもたちに諭す感じの言葉のチョイスが素敵。
HUGっと!プリキュア(通称「ハグプリ」/通算15作品目)
○プリキュアシリーズ15周年記念作
ハグプリはプリキュア15周年ということで、各話の脚本も歴代プリキュアシリーズを担当した経験のあるベテランが多数起用されており、15周年記念作品らしい贅沢な制作陣となっている。サブタイトルには歴代プリキュアに関連したフレーズが時たま使われていたり、作中の登場人物に過去作品のオマージュのようなセリフを言わせたりと、過去作を意識する小ネタが盛り込まれている。36〜37話では大規模なクロスオーバーとしてキュアブラックとキュアホワイト、シャイニールミナスが参戦。さらにまほプリの3人、プリアラの6人、そしてキュアドリーム(プリ5)とキュアピーチ(フレプリ)も声つきで登場してハグプリメンバーと共闘した。さらに37話では映画に登場する歴代プリキュアが全て先行登場。流石に全員声付きとはいかないものの、オールスターズ映画並みのクオリティをTV版で行い話題となった。
今作のキャラデはプリ5、5GoGo、スマプリを担当した川村敏江氏。1年交代ではっちゃけたデザインとしっとりしたデザインが交互にやってくるイメージのプリキュアにおいて、川村氏は比較的前者を担当していたように思えたが、今作では現代風に洗練され可愛さとかっこよさを両立した魅力的で落ち着きあるデザインとなっている。
○ガンガン切り込んでくる前衛的な作品
ハグプリの特徴と言えば、従来のプリキュアシリーズでは取り扱わなかったり、控えるであろうセンシティブな話題であろうともガンガン切り込んでいく挑戦的なスタイルである。赤ちゃんが妖精枠として登場することは初めてではないが、実は登場育児そのものをメインテーマとして扱うのはハグプリが初めてである(下記URL内『「母性礼賛」からの脱却』の項参照 )。
↑ピクシブ百科事典の各プリキュアのテーマや特徴の項は、特に時代背景やシリーズごとの新たな試みにも触れながらよくまとまっている。ハグプリのように特に重厚な作りになっているものは読んでいて気づきが多いので、一度参照することを推奨する。この記事内でも取り上げているが、作品の大きな方向転換がなされたフレプリ、Goプリ、まほプリ(2回めの大きな方向転換を意識されたのはGoプリであるが、実際それが如実にわかるのは次作のまほプリである)は特に併せて読んでおきたい。
他にもイジメ問題・ジェンダーや男女の在り方・多様性など、現代日本社会の世相をダイレクトに抉るようなテーマに踏み込んだり、赤ちゃんの出産シーン描写・男性キャラへの告白シーンとその明確な返答の描写など、従来のプリキュアでは意図的に描写しなかったであろうとされるシーンも描くなど、とにかく一切の妥協がなく直球勝負。
いじめやジェンダーについての話題を取り扱ったのは衝撃的。ドキプリ以上に果敢に切り込んでくる。しかし結論の落とし所は流石といったところ。偏った思想に扇動するようなものは当然なく、温かみがある。
男性にプリキュアを名乗らせるという前代未聞の出来事。最終回では街の人みんながプリキュア化するなど、ハグプリにおいてのプリキュアはかなり広義的かつ概念的な意味合いもある。
正直なところ、作中で描かれた社会問題に触れるようなメッセージ性の多くはメインターゲット層の子どもたちには難しいものが多いが、セリフで長々と説明させるような描写は極力避けられている。
また、ストーリーも比較的緻密でメッセージ性も高い故に1話あたりの情報量がかなり多い。以上のことから「結果」を描けば伝わる内容であれば、「過程」をすっ飛ばすような手法が取られることも結構多い。
その特性上直接描かれていないであろうシーンを推測できるような暗喩的表現や演出も多く、視聴するために消費するカロリーはかなり多め。総じて大人向けな作品と言えるだろう。
ただし冒頭で述べたように、プリキュアはあくまでメインターゲット層がいて、それは我々大人ではない。濃厚なメッセージ性を持つハグプリであるが、それは大きなお友だちを意識しているわけではなく、制作陣が毎年意図して行っていることである。
プリキュアシリーズではどんな作品でも「今見ている子ども達が大人になって初めて気づけばいいこと」をメッセージに込める伝統がある。本作ではその比重が例年に比べて群を抜いて高いというだけだ。
HUGプリ』一年間、子どもたちに届けたいものをたくさん込めました。それがどくらい届いたかがちゃんと分かるのは15年とか先。それは「どれみ」などで実感した事で、セリフや物語は忘れてしまっても届けたいものは届く。『HUG』でも、何かがひとつでも届いていれば嬉しい事です。 #プリキュア
— 佐藤順一 (@satojumichi) 2019年1月27日
挫折の数もかなり多く、ほまれは初回で変身に失敗していたり、変身不能状態に陥ってしまうはな、変身不能どころかミライクリスタルごと消失させてしまうえみるとルールーなどのように、心の状態からプリキュアになれなくなるようなケースもしばしば。他にも一番大事な試合の直前で事故で怪我をするアンリのように神様のいたずらのような酷い挫折や、失恋の涙、タイムパラドックスを取り扱った作品故に「いつかかならず来る避けられない別れ」を抱えながら物語が進んでいくなど、辛さに涙するシーンは今までで一番多いのではないだろうか。
キュアエールは伝説の武器「プリキュアの剣」を手にするも、切りつけようとしたチャラリートが劣等感に苛まれているのを見て、少し前までの自分の姿を重ねる。そして「これは私のなりたいプリキュアじゃない」「必要なのは剣じゃない」と言い、伝説の武器の形を変えてしまう。今作メインヒロインであるキュアエールは将来の明確なビジョンが決まっておらず悩むタイプであるが、「自分のなりたい自己像」ははっきりしていて、そこがかっこいい。
○メッセージ性とストーリー構成を高水準で両立
ハグプリは前述の通りこってりとした濃厚なメッセージ性を持つタイトルであるが、ストーリーの構成もかなりしっかりしている。
一般的にプリキュアシリーズは放送開始時点で中盤以降の着地点が明確には決まっておらず、少しずつ作り上げていくのが基本とのこと。しかし今作はある程度軸となるストーリーをあらかじめ用意し、アイデアを出しながら肉付けすることで一本筋の通った物語を作ることに成功している。
故にストーリーの整合性もしっかり取れており、しかしながら奥が深い設定が用意されている。前述の通り1話あたりの情報量が多く、過程を飛ばす表現がしばしばなされているのは、販促の側面もあり尺の厳しい制約がある中で、メッセージ性とストーリー構成の両立が成された証拠でもあると言えよう。
メッセージ性とストーリー構築がここまで高水準で両立されているタイトルは数少ない。キャラ同士の相関関係も偏りが少なく、各々が多様な関係性を築いている。無論それに伴う心情の描写も素晴らしく、完成度が高い。
先に大人向けと述べたが、数タイトル他のプリキュアシリーズを見てその面白さを理解した後に見ると、特にハグプリの良さが深く味わうことができるのではないだろうか。
TV版でオールスター回を取り扱った15周年記念の豪華な作りや、社会問題に切り込んだことなどに話題を持って行かれがちだが、ハグプリの真髄は「濃厚なメッセージ性を保ちつつもストーリー構築が深く練り上げられていて、その2点が両立できている」ところである。タイムパラドックスを取り扱ったプリキュアシリーズは何気にハグプリが初で、はぐたんやハリーのみならず、敵陣営のキャラにも散らばった伏線を回収するピースが多数存在する。メッセージ性、ストーリー構築(整合性、ストーリーそのものの深さ)、各キャラクターやキャラ同士の相関関係の深堀り、それに伴う心情描写、どこにも浅くお粗末な点が見受けられず、高次元でバランスが取れているのがハグプリのすごいところ。
○輝く未来を抱きしめて!
ハグプリのキャッチコピーは「なんでもできる!なんでもなれる!輝く未来を抱きしめて!」。その中にもあるように、本作のテーマの1つに「未来」が取り上げられている。
敵組織であるクライアス社は未来からの侵略者であるし、本作の妖精枠であるハリーとはぐたんも実際は妖精というファンタジックな存在ではなく未来から来訪者である。故にプリキュア特有のファンシーなものよりSF的な設定が今作は多い。
最たる例として、キュアアムールに変身するルールー・アムールはクライアス社によって製造されたアンドロイド「RUR-9500」であるということが挙げられる。機械人形がプリキュアとして覚醒するケースは今作が初である。
ルールーがはなをはじめ様々な人々と関わるうちに人の「心」を学習していく胸アツな展開。「アンドロイド」や「AI」などは現代ではよく目にする言葉で、かえって今時の子ども達には現実味を帯びた表現で分かりやすいのではないだろうか。
ボスであるジョージ・クライをはじめ敵組織クライアス社の敵キャラクターには、純粋な絶対悪と言えるキャラクターは誰ひとりいないように見受けられる。クライに関しては、はなと接触するも「大丈夫、今はプライベートの時間だ」「君はなにか勘違いをしているんではないか?僕を恐怖の魔王か何かだと思っているんだろう」という始末で紳士的な面も。姑息な手段を使う敵は従来より少ない。敵キャラの面々それぞれに思惑があり、目指しているのは輝かしい未来である、という点に関してはプリキュア陣と何ら変わらない。現実の厳しさを知ってるが故にはな達が掲げる理想論とは異なるアプローチ(時を止め美しい思い出のシーンを切り取る)を取る大人たちと、「自分のなりたい大人」になるべく未来の希望を掴もうとする子どもたちの相容れない世代間戦争を寓話的にデフォルメしている。
絶対悪が存在しないためなのか、プリキュアたちのみならず、敵サイドも涙を見せる回数が非常に多いのが本作の特徴。改心した者達はクライアス社を離反し、プリキュア達を支えてくれる存在となっていく。
後期EDの「HUGっと! YELL FOR YOU」がとても魅力的。キュアエール(CV.引坂理絵)、キュアアンジュ(CV.本泉莉奈)、キュアエトワール(CV.小倉唯)、キュアマシェリ(CV.田村奈央)、キュアアムール(CV.田村ゆかり)の5人が歌っている。CVが豪華だから、というのもあるが、やはり実際に作中で頑張っているプリキュアが歌っているという近年のEDは胸を打つものがある。プリキュアの後期EDというものはどうしてこうも毎年エモいのだろうか。
以上がワタシのオススメするプリキュア名作5選だ。
本記事で取り上げたこの5タイトルはワタシの嗜好が入っているため比較的重め(まほプリは例外で少し軽め)のタイトル。毎週リアタイしていた方々には朝から見るものとしては少し重さが目立つかもしれない。無論一気見するなら歯ごたえがあり特におすすめである。(今から過去作をリアタイする方法なんてものもないので)
特にGoプリは必ず押さえたほうが良い。プリキュアシリーズにハマった、と感じるようであればハグプリも外さず押さえるべきタイトルである。
今回の記事で取り上げはしなかったものの、第3期プリキュア(Goプリ以降。第3期と称した理由はそのうち記事にします)が好きな人にとってはスタプリは必ず押さえるべき作品であるように感じる。ライトな口当たりなものの、第3期プリキュアの理想形モデルと言ってもいい形に仕上がっている。
もちろんここに挙げたもの以外を見るのもよし。自分のお気に入りのプリキュアシリーズを発掘して欲しい。
リンク整理の場
Twitterのbioにリンクべちべち貼るのめんどいからここに貼ればいいじゃんって言う結論に至った。
ようつべ↓
ホロライブ所属Vtuber星街すいせいさんを推したりAPEXの動画あげたり何でもアリなアカウント
原神↓
タスクまとめに使ってるスプシ
勝手にマイドライブにコピーして改変して使ってください
原神のデイリー等を管理するスプレッドシートを作成しました。入り用ならどうぞ。あくまで自分用として作ったものですので、マイドライブにコピーを作成してから好きなようにカスタムしてください。使い方等はシート2枚目にトリセツ付けてあるんでよく読んでください#原神 https://t.co/PyM0Pv6Rbc
— アキ☄️ (@Aki_utakata) 2020年10月31日
pixiv↓
プリキュア絵多め
随時更新するかも
おわり